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◆所在地/会津若松市上町 |
●街なみ・建築物等の由来● |
近世においては鶴ケ城の北の玄関口として博労町通りには多くの店舗が並び栄えていた。神山家は藩御用達の刀の鍔から始まり、幕末期は砂糖、たばこ、灯油等の生活品と売薬も手掛け、先代8代目喜右衛門から薬販売を主とした。 この旧博労町通りは近年市内でも早く街づくり改修が実践されているが、平成5年に明治36年の落成当時の姿に戻した内装替を行っており、店舗内の仕上、帳場を旧に復し商いのスタイルまでも当時に復元した。重量感のある店蔵で観音開きの蔵窓、持出し看板の特徴ある屋根、下家のたこ格子開口部と調和のとれた建築物であり、木材等の材料も当時の店の繁生ぶりが伺えかなり吟味した材料が使用されている。 |
●街なみ・建築物等の特徴● |
屋号をゆかりの神禧堂薬館に戻しており、1階が昔風の薬店舗、2階は明治時代のめずらしい薬看板を主とし掛軸・屏風・日本画等を展示した資料館となっている。又中庭奥の座敷では、近年会津の郷土料理に薬膳料理を加えた食事処を始め、話題になっている。 街中を散策する観光客が多い最今、必ず立ち寄る店の一つである。 尚、平成6年には、小坂漆器店、神禧堂薬館、山葵の3軒が通りの建築群として、通りの歴史的街づくりを意識した改修と新築をしたことが評価され、福島県建築文化賞を受賞している。 |
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